亀が教えてくれた!

この“エコール・デ・ボザール 正規裏口入学”では、これから現代アートの道に進もうとしている人、海外の美術大学、学校に興味のある人などに幅広く見て頂ければと思って書いています。その為、なるべく私自身の事は控えて私が経験し見てきた範囲内で具体例を出しながら、美術大学、学校からアーティストとして世の中に出るまでの期間に的を絞って、書き綴る事が出来ればと思っています。
今回は、本題への導入の為少しだけ私の幼少時代の事を書かせて下さい。
私の通う小学校は、家の隣で、裏の門からは直接その小学校に行く事が出来、実質、登校時間は0分。
私はその地の利を活かして他のどの生徒より早く登校して学校の入り口が開く時間までそこにある土間で遊んでいました。そういった毎日を過ごしていましたが、小学校2年生の時に亀を入手。それ以来、私にとってその亀が生きがいとなり、じっとしている亀をずっと見ている毎日となりました。しかし、このままでは学校にも行けず。。
ここで頭のいい有吉君は、亀の甲羅の端に穴を開け、紐を通し犬の散歩の様に亀と行動を一緒に過ごせる案を思いつき、実行しました。
早速、次の日から、右手に亀の紐、左手にバケツ、肩には、カツオ節入りランドレルでの登校の毎日となりました。
しかし、頭の良い有吉君のこのアイデアにも落とし穴が有りました。
そう、登校時間0分で、始業時間2時間前には家を出ても教室に付く頃には何時も遅刻の毎日が始まったからです。亀の歩は想像以上に遅く、エールを送る私に反して、手足を甲羅の中に引っ込め、私も仕方なく隣に座って再び、彼の再起を待つしかありませんでした。
手に抱えて登校すれば?ごもっともな意見です。
しかし、その頃の私には、それが邪道な行為であると感じていた様で、ガンとして亀の自由意志を尊重してあげるべき。と思っていた様です。
幾ら先生に怒られてもこの信念は曲げず、この亀の紐が切れて逃亡するまで私の遅刻の毎日は続きました。
この亀との登校は、私に多くの発見をもたらせてくれました。普段、何も考えず通う登校時間0分の道のりもゼロでは無かった。亀にとっては2時間半のちょっとした旅行の毎日だった事、これがきっかけとなり、先生が算数の時間に教える1+1=2、と言う小学生には当たり前の事。0とうい存在の事、を生意気になった頭の良い有吉君は疑問に思う様になったのです。
小学校2年生でこんな事に疑問を持った私はやはり天才なのでしょうか?
先生は、そんなへ理屈は、良いから、ただそういう風に覚えろ!と。。
私は無言に教えてくれた亀先生に為にも立ち上がりました。
多分その頃、学生デモとか流行っていたのだと思いますが、私は何と、机と椅子でバリケードを作り2日間、学校閉鎖をやっちゃたんです。
その時のプラカードに書かれたスローガンは、
“勉強やめろ!!1+1=1”
何を言いたいのか訳が解りません。
結局、他の先生にこっぴどく殴られて終わりました。
何故、ここに私のこの幼少時代の出来事を書いたか?と言うと、アートとは、科学と同じ様に“発見する。”と言う作業が重要な要素となっていると思うからです。ニュートンの事例は良く話される事ですが、正にあれと同じで、普通に歩いて見ていては、こういった発見に繋がりません。“見る”ではなく“観る”作業が必要になります。1つの事象に対して色々な思考的方向で観ますので、そこに立ち止まる時間が必要となります。現在、日本では、交通などの社会システムが進みそのシステムの為に自分自身を変えなければならず。そういった“観る”と言った作業が出来にくくなっていると思います。
フランスでは街の至る所で、カフェを見かけますよね。
そのカフェでは1日中、友達とだべっている人達や、物を書いている人など、おのおの時間を過ごしていますが、ボザールの生徒達も同じです。先生も同じです。
はっきりいってカフェに居る時間の方が、ボザールの教室に居る時間より確実に長いです。
フランスではこのカフェ文化を法律で守っています。このカフェは、みんなカフェ1杯で長時間過ごしますので、営業的にはきつい所も多いのですが、コカコーラの自動販売機の街中で設置する事の禁止などもこういったカフェ文化を守る為だそうです。フランスは先進国です。彼らには、多くの輸出品は持っていません。彼らは先端技術も持っていますがそういった工業製品の生産は殆どが海外でなされ、Made in Franceの殆どは農業産物だけなのです。そういった物に、おフランスと言う文化的ブランドのイメージの付加価値を付け国家運営に中っています。日本もこの前の東北地方太平洋沖地震以降、工場の海外流出に拍車が掛かり産業の空洞化が進む。との報道を良く見かけます。一時、文化促進の事業が詠われて美術も注目されていた時期が有りましたが、そういった末端の事より今後、日本はどの様な方向で国家作りをして行かなければならないのか?対極的に長い時間のスパンでの国家作りの方向性を出さないといけないと思います。
話は急に変わりますが、ジョンルークは良く作品でカフェを作ります。私は、彼が初めて発表したカフェ、ポンピドーセンターでの展覧会にアシスタントとして手伝いました。他の作品には、フム。と唸らせられる物が多く有りましたが。はきり言って、その頃の私には、このカフェが、何が面白いのか、さっぱり解りませんでしたし。何も感じませんでした。多分、周りの多くの人も同じ感想だったと思います。しかし、彼はその後もカフェをどんどん作り、周りの人からは、ジョンルークはよっぽどカフェが好きなんだろうね?と皮肉られていましたが、彼はおかまいなく、カフェを作り続けて行きました。
先日、東京のスパイラルでもカフェを作った様ですが、その事を私は誰かのWEBでの評論で知りました。その評論には、
“今回のスパイラルでのカフェは決して成功とは言えないとしても。。。“
正に正直なお方。
私はその作品は、知りませんが、多分、そうだと思います。私が見ても同じでしょう。
ここだけの話しですが、正直に言って、他の彼の作品と比べカフェの作品は何処でも評価が低いようです。ただ、私は彼のカフェの作品を色々な所で見ていまして、パレスティナのギャラリーでのカフェの写真にも私の足だけ載っています。
そういった私が最近、妙に逆にこの一連のカフェの作品は、フランスの国家が地道に文化創造の為にカフェを保護している国家戦略の様に、じわじわと私にボディーブローが利いて来た様に思えます。何故か?と言うと、現在の日本を見ると、国家変革の為には想像、創造が必要であり、その為には、1つの事象を時間を掛けて観察する“観る”作業が必要になると想像するからです。
彼の遣っている事は、もしかしたらアートじゃないかも知れません。
アートを作る環境、物を創造する環境を作る為の社会運動を、人には説明もせず。評価を恐れず。自分のライフスタイルとして遣っているのでは無いか?と思います。
彼は先にも言いましたが、優秀な教育者としても認められています。
しかし、彼の教育の現場では、教える、諭す、という事は全く有りません。
ニヤニヤしているだけです。
では、何故、結果的に多くの若手のアーティストを輩出して良い教育者と言われるか?と言うと。その環境作りのセンスだと思います。
それと同じ事を彼はこの一連のカフェ作品においてニヤニヤと遣っているのかも知れません。
私は、ジョンルークとはかなり長く付き合わせて貰っていますが、彼のニヤニヤした時の怖さは、心の一番奥深い所にかすかな傷を負わされ、それが時間と共に自然と大きくなり気づいた時には周りの助ける人は無く、自分自身の力で治癒せざるえなくなり、その結果、その一連の経験が自分自身にとって大きな収穫となる。
という感じです。
もし、ジョンルークが私が亀と登校していた幼少時代の学校の先生だとしたら、私をずっとニヤニヤと見てバリケードに立てこもる私に、そっとスパゲッティーの差し入れをしてくれたかも知れません。

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