正規裏口の作り方

私がグルノーブルのボザールに最初に行ったのは、まだ寒さの残る3月中旬でした。フランスの新学期は9月ですので、途中入学となるのですが、流石に市立の学校ですので、規定を壊して入学をするのは難しい様でした。ジョンルックが私を校長のギ イソンジュに紹介して二人で何やら困った顔で2-3分程相談していましたが、この校長の案で簡単に解決しました。
その案とは、私の為に招待アーティストという所謂、研究室所属の椅子をその場で作り私をグルノーブルボザールの最初の研究員として受け入れる体制を作ってくれたのです。
私には個人用の小さなアトリエも用意してくれました。日本社会でその社会の仕組みに必死に自分を合わせようと苦しんでいた私にとって目から鱗でした。私という1人の人間の為に学校の仕組みをその場で変えたのですから。当然、後日他の所謂、一般の先生達からは反発があり私も居心地の良い物ではありませんでしたが。。ジョンルックが良く言う事は、“多くのアーティストは要らない”という事ですが、何かそういう事を体言する出来事でした。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック