ブタにもカルティエ

日本の美術予備校、芸大、美大での教室の風景の代名詞と言えばイーゼルですね。そのイーゼルがグルノーブルボザールでは、めったに見る事が出来ませんでした。たまに見かける事も有りますので、何処か倉庫にはあるのだと思います。ではどの様な教室の風景か?と言うとデザイン科の教室が躁鬱病に罹った様に1つの空間に色々な空気が混在され、大きめな机がある事で一様それが教室である事の体裁を保っている。という感じです。
それぞれの学生が自分の領域を作り独自の雰囲気をその周りに放ち、エネルギーのバリアを作って他者を拒絶する雰囲気です。ここは、そういった意味で戦場なのです。
私も日本の予備校に行った経験がありますので、日本の芸大、美大、美術予備校の一大受験産業の事は承知しています。芸大にだけ行きたい。とか良く話しを聞きます。しかし、すべてのヨーロッパの事は解りませんが、少なくともフランスでは、美術学校もアートのムーブメントと同じ様に学校にもムーブメントが有ります。私がグルノーブルに居た時にはグルノーブルがダントツの1位、その後、ナントのボザールも有名になって来ていました。何故このような現象が起こるのか?それは、教授の移動が激しいからです。この辺はサッカーのプレミアリーグの動きと類似しています。
確かにパリ ボザールは教授の最終の行き場となっていますので、安定感は抜群だと思います。又、パリという世界的にみても重要なアートマーケットに位置しますので、地方のボザールよりそういった人達に接する機会も多いと思います。それに対してグルノーブルなど地方のボザールの場合、今、伸びての有能なアーティストなどをスカウトして来てその地のアートセンター、市、など一致団結してムーブメントを作り仕掛けてきます。歴史を見ても解る様に、有名アーティストの友人もまた有名。と言う事が多々ありますよね。これは、そういったムーブメントによってお互い刺激され時代を変えようとするからです。
そういったムーブメントに乗った学校には上に書いた様に学内のバトルのエネルギーは凄まじい物があります。何故、学生がこの様に燃えられるか?と言うと例えば、私に関しての出来事で想像出来ると思います。私は一様、個人アトリエを貰っていましたので、1人ポカーンと夢見ごこちでアイデアを練るのが日課でした。そういった平安な毎日のある日、セキュレタリーからカルティエのディレクター、エルベー シャンデスが私のアトリエを見たいので来校すると言うのです。カルティエ?私の作品にジュエリーあったっけ?その頃の私は実はカルティエ=時計位しか知らず、何故、私?と頭の中が????。その噂がたちまち学校に広がり学生達は早速、自分自身の強いバリアを張り巡らせ何とも言えない張り詰めた空気を学内に作りました。当日、そのカルティエが学校に到着すると入り口ホールには、自然を装う不自然な学生達がへたな映画のエキストラの様にちらばっていました。
簡単に校長に挨拶した38歳のカルティエは時間が無さそうに私のアトリエに来てお茶の出ない私のテーブルに座りました。早速、私のポートフリオを見てニヤニヤしていましたが、別段何をこうするとか説明も無く後日連絡する。と言い残して足早にグルノーブルを発ちました。残された、自然を装う不自然な学生達は、本当の自然を人に気づかれない様に取り戻すのに苦労していました。
この1件の出来事からも想像出来ると思うのですが、勢いのある学校には中央に当たるパリのマーケットも注目していますので、アーティストとして出る可能性が高いのです。あなたが本気でアーティストに成りたいのなら端的に言うと “学校は名前で選ぶのでは無く、教授で選ぶべきである。”と西欧ではごく普通の事を日本の学生さんも遂行するべきだと思うからです。その為には日本で購読出来る海外の雑誌など良く見ている事が最新の動きを察知する為には有効だと思います。私にとってこの1日の事は、まさにあの有名な“ブタにもカルティエ”という格言に匹敵する物でした。

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