あなたの中の古代神道

今回、日本に長期滞在をして多くの旧友と会う機会がありました。何故か、デザイナーなどのデザイン関係者が多かったのですが、共通に言える事は皆とてもアートの事に詳しく、アートを愛しているのでは?と言う位にアートの真髄を語て頂きました。
“みんなアートに憧れてるんだよ”
この様な言葉をその中の何人から聞きましたが、意図も簡単に言うこの言葉は、物凄く勇気のいる発言だと思います。
先日、話したアビタル ゲーバの件でもそうですが、アートとは別にアーティストでなくてもアートを作る事が出来るし、逆にアートマーケットの中の人はアートと言うある意味神に近い存在の物を感覚麻痺なのか疎かにしている人、又は理論に理論を重ねて結局、堂々巡りで“みんなアートに憧れている”と言う手に届かない物に近づこうとする純粋な気持ちを忘れてしまった感がある人も多く見られます。
アーティスト=アートでは無い。
アートの魅力というアートへの求心力、そういった力こそがアートを生む物であると私は思います。
古代神道の文献を見ると“芸術など一死腐乱で制作している時に神が現れる。”と書かれています。“芸術作品の制作行為中に神が現れる”という事はその制作と言う行為こそが芸術と言う事になります。
作家としては、とても同感出来る物です。
と言う事は出来上がった芸術作品とは芸術行為を行った余韻を残す燃えカスみたいな物でしょうか?
この見方は日本独特な物であり、又世界に向けて胸を張って提言出来る物、次の現代アートのテーゼとなる可能性も大だと思います。
“みんなアートに憧れてるんだよ”
この言葉を発した瞬間、これこそがアートであり、その発した人こそがアーティストだと感じました。
なぜならこの言葉を聞いた瞬間、日本各地にある神社の鎮西の森に行った時の何か清らかな、潔い、安らかな感覚を覚えたからです。
アートは感覚のコミュニケーションです。自分がどの様に思うでは無く、受け手がどのように受け取るか?と言う事が大事になります。
日本にはこの様に、とてもクリアランス(透明感のある)アートが神の時代から受け継がれている美しい文化の国だと感慨しました。
ただ、3次的見方の習慣が少ない為、自分たちの美しさを認識出来ていない事が多々あるようです。
みなさん、ありがとうございました。


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック