マグマタイシの卵

突然ですが、
私は日本の警察に窃盗の疑いで捕まった経歴があります。
何を盗んで捕まったか?と言いますと、溶岩なのです。
火山の溶岩です。
ムサビ時代、私は地中のマグマから地表に出て冷えて固まり石となった溶岩にもう一度、高熱を当ててマグマ状に戻して上げる、事に熱中しそれを作品としていました。
はっきり言って、作品と言う形にする事にも疑問がありました。何故かと言うとマグマに戻したい。と言う行為が最も遣りたい事で、それを作品と言う形にする事が目的では無かったからです。しかし再度冷えたマグマはあまりにも美しく、溶岩の地肌と冷えたマグマのコントラストの美しさが、何もせずとも芸術作品となってしまっていました。
再度、高熱を与えられた溶岩は、マグマと同じ様に真っ赤なドロドロの液体となり、同時に多量のガスも発生され、正に生命体としての地球誕生をライブ中継しているかの様でした。又、硫黄の様な時たま海草な匂いのこのガス、それと昼寝中のドロドロとした悪夢の様なビジュアルが、小説ドグラマグラの世界に私を引き込んで行かれる様な錯覚に陥る事もありました。この様に、私は作品を作るというより、何かマグマ教という新興宗教に洗脳されているが如く、溶岩を溶かす事に没頭していた時期がありした。
そんなマグマ教の教祖の私は、教祖の誇りと見栄の為、より大きな溶岩を溶かす必要性にかられていました。頭の中では漫画のマグマタイシがこの大きなマグマの卵から生まれた。そういったイメージが何時の頃か生まれていましたので、子供のマグマタイシが入る大きさの溶岩が必要となりました。
それで、浅間山に幾度か下見をしに行きまして。理想の溶岩を発見。
後日、万端の準備をして、レンタカーの4トントラックで。
この時、彫刻科の友人5-6人が一緒に手伝って頂きました。
トラックのレンタルの時間の関係で出発は夕方、真夜中に目的の溶岩に現場到着。
早速、三つまたなる、三本の棒をピラミッドみたいに組み合わせ、その頂上に滑車を付け石を吊り上げる機材で吊り上げ開始。
しかし、この神からのお告げの溶岩は異常に大きく、三つまたの棒に引っかかり少し上った所でストップ。色々な方向で遣っても上らない。
友人曰く、“別の石にした方が良い。”というアドバイス。
しかし私はマグマ教の神溶岩、マグマタイシの卵は他の溶岩では作れない。と感じ、どうしてもこの巨大溶岩が必要。
そうこう四苦八苦している所に警察の登場。
“石を盗んでいる“との通報があったそうだ。
実は、その後の事を私は全く記憶していないのですが、友人曰く、警察の取り調べで私は
“この石が要る。”
警察が何を聞いても
“作品の為にこの石が欲しい”
それの繰り返しだったそうです。
取調べは翌日まで続けられ、この溶岩の存在する地主が到着。
私はびっくり!あまりの驚きの為、ここから私の記憶が戻りました。
何と、溶岩の偵察の為、それまで何度か浅間山に偵察に来ていましたが、その度、溶岩の情報を仕入れる事も兼ねて寄っていたドライブインのおっさん。
そのおっさん曰く、
“お前か、バカやなー、もっと旨く遣らんと。。”
そう、この人、私に溶岩の取り方を教えてくれていた人なのです!!
で、“私はこの溶岩が良い。“とおっさんと話していて、おっさんも”この溶岩が良い。“と言っていたのです。
と言う事は。。
このおっさん、わたしが、この溶岩を取りに来ると始めから解って居たのですが、溶岩を取るという事が窃盗に当たると私と同じ様に解っていなかったのか?
どうもこのおっさんが言った“もっと旨くやらんと。。”と言うのは、溶岩を取る技術的な問題を言っている様で、直ぐにおっさんの持っているショベルカーを出してくれ、この神溶岩、マグマタイシの卵を4トントラックのレンタカーに意図も簡単に乗せてくれました。
この私達の関係にびっくりしたのは警察も同様で、窃盗犯、被害者両方が溶岩を取ると言う事に関してそれが犯罪行為である。と言う事も知らず、溶岩の持ち主自身がその溶岩の窃盗を推薦していた訳で、共犯とも言えます。
警察がおっさんに、この溶岩この人にあげていいのですね?
“良いよ。“と別に興味もなさそう。
多分、このおっさんも私と同様に、一面に広がる溶岩、地殻下を流動的に流れるマグマが偶然この地に噴出し固まった溶岩に所有者が有る。と言う感覚が無かったと思います。
この大自然の行いの中で人間のエゴの為、線引きをしている人達、その個人の利益を守る為の警察と言う仕事が途轍もなく小さな世界に感じられたが如く、小さくなって行く自分を悟られまいと急に話題を帰りの道を気おつけて帰る様にと最後まで指導的立場を必死に保っていた警官がいました。
そして、その警官から開放された私達は、神溶岩、マグマタイシの卵を積んだトラックで上越高速道をムサビへ急ぎました。
この帰路の高速でもマグマ教の御利益か、自分の体が中に浮いたり沈んだりしている錯覚。
“俺、浮いたり沈んだりしている感じ。”と何が無く独り言。
“俺も。”と友人。
“え?お前も洗脳されたのか?”
で、他の友人達も。。
“おー、マグマ様”“我ら罪人を救いたまえ!”
何と、後ろに積んだ、神溶岩、マグマタイシの卵が後方に積みすぎ、4トンをゆうにに越す重さの為、前方の運転席の下にあるタイヤが実際、地上を離れ浮いたり着地したりしているのです。
“オー マイ ゴット”
更に空中に浮いている間に運転席は左右に大きく揺れフロントグラスから見える大画面映像が右、左と切り替わる。
人間って不思議な物で、沈むのでは無く、こうして浮く場合、実際は途轍も危険なのですが、精神的にはハイになりその危険性をあまり感じられなく成る様です。気がついた後、15分位は気をつけて走っていましたが、無理をしなければ、バック転にはならないと解た後は、昨日からの出来事を、上下左右にフワフワ見える上越高速道の風景と共に現実味の無いお話の世界の様に楽しんでいる自分が居ました。
やはりこの一件の出来事は、マグマ教の修行だったのでしょうか?

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