奴隷都市 TOKYO

私は嘗て、パリに有った、来る未来の文化を予知、研究する機関のアドバイザーを遣った経験があります。
確かそこの機関が出していた出版物の名前は“キャトル セゾン“(四季)だったと思います。
ここの機関の仕事はファッション雑誌、色々な分野の大手企業などがクライアントで5年先、10年先、15年先など、時代をくぎって予測していきます。
ファッション雑誌などで“今年の色は黒”とかいった記事を見た方も多いと思いますが、実は、ここからの発信なのです。当時は世界中でここだけでしかこの様な研究機関は無かったと聞いています。
その他に例えば、トヨタが15年先の車を予想してくれ、などの依頼が来て研究員がその分野の研究論文と共に50センチ四方の箱に、将来この様な方向のデザインになるだろうと思われる素材や形状のサンプルを集めプレセンしていきます。この集められた物は車とは全く異なる品々で、クライアントに感覚的に方向性を提示する。と言う一見、不思議な物でした。ここのアドバイザーはデザイナーでは無く私を含む、アーティストが多かった事が特異な物でした。
デザイナーはパリ近代美術館のカフェ、アーティストも良く利用するポンピドーセンターの横のカフェボブーなどに良く出入りしているのを見かけます。彼らはアート作品から何らかのデザインのヒントを得る為そういった所に良く出入りしている訳ですが、フランスでは一般にアートとデザインの住み分けは旨くいっています。
この様なアーティストとデザイナーの関係を整理、分析した結果、この様な機関が出来たのだと思います。又この機関はアートサイドから出来たのでは無く、デザインサイドが作った機関である事からもそういった住み分けの仕組みが理解されます。
しかし、全てが旨く行っていると言う事ではありません。たまに問題も起こります。
そうった問題を私自身も経験しました。先に話した、タデウス ロパックギャラリーで遣った私のあるパーフォーマンスと言うかアクションをルノーだったと思いますが,ヴォーグの様な大手雑誌の裏表紙一面にドローイングで表現して使ったのです。流石にこれは問題でした。しかし同時に時代の先行性を読むアート、とデザインの関係はここでもはっきり証明されました。
この様な仕事もしていた私が今回、日本に長期滞在して感じた事は、日本はチャンスだ!と言う事です。
このチャンスを逃がしたら次のチャンスは何時来るか分からない。
それもチャンスは地方です。
逆に、東京はガラパゴス状態、東京は長い間、変革のチャンスを与えられながらその社会規模の大きさと過去の栄光にしがみつき自らの抜本的変革が出来ない状況にあると思えます。東京はすでに感覚麻痺状態になっていると思います。社会構造が強すぎてアート、デザインなどエポック的に刺激を与えてもその強靭な社会構造が潰してしまいます。
あえて言うなら、人々が社会構造の奴隷になっている。
その点、バブル以降、多くの地方は産業の衰退で一度、大きな底をくり抜け、再生の方向にすでに向かっている様に感じられました。微かですが新鮮なエネルギーを発せられる状態まで来ていると思います。
そういった状況の時に起こった今回の東北地震による福島原発事故は、日本そして世界中の人々に確実に大量消費文化、利便性のみ追求の社会への反省を個人レベルで促したと思われます。
ぎりぎりの所まで変革をせまられた日本がどの様に変革するのか?世界が注目しています。なぜならその日本の変革が速、世界が新しく進むべく道としての期待が高いからです。
始めて世界に対して日本がリーダーになれるチャンスが来ているのです。世界が日本の動きに注目していますので、かなり小さな動きでもダイレクトに世界に発信される可能性が高いのです。
今、日本は皮肉な事に今回の東北地震災害によってさらに社会的マグマがたまり大爆発をする環境が整って来たと思います。
私が先に話した、私がアドバイザーをしていた未来文化の研究機関の様な物を今こそ日本に作り次の時代の方向性を世界に示すべきだと思いますし、又逆に世界は日本にその様な動きを求めていると思います。
そういった方向での世界のリーダーが出来て初めて文化国家の仲間入りが出来るのではないでしょうか?

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